【資料紹介】苗木城真景図



                   「苗木城真景図」

 「苗木城真景図」は、明治4年に解体された苗木城がどんな実景だったかを推定出来る貴重な作品で、描いたのは苗木藩時代の西野準之介(足軽 のち苗木学校幹事)でした。

 いつ書かれたものかについては、西野自身が後年、知人から制作の事情を記しておいた方が良いと勧められ、作品の裏に貼り紙をしました。

 そこに「この図面は苗木城の真写である。風吹門にて望むところ。本丸までの分は尽くせず。ただ大手口にて一見とのみしるべし。頃は嘉永5年5月に西野準之介が城内図取を命じられ、その節相認め置いたものだ。後年心有る輩が茶話にもなれかしというので、ここに記し置く。  西野準之介義貫誌 」とあります。大手口は風吹門のことでしょうか。(読み下しと下線は千早による)

 この貼紙を読めば嘉永5(1852)年5月、城内図取の作成を命じられた時に描いたものとわかります。ここでいう城内図取は「苗木城間取絵図」 (320×482cm)と思われます。五十分の一縮尺で現在の遺構実測図と比較しても標高線がないだけで殆ど一致し、高度な測量技術が用いられた貴重な図面です。幕末、藩命により市岡徳太郎・新田佐之右衛門・西野準之介の3人が数ヶ月かけて完成させました。

 なお「苗木城真景図」は昭和10年までは塚本忠治の所有でした。昭和10年に阿部栄之助が「岐阜県史蹟名勝天然記念物調査報告書 四」に「苗木城阯」を記録した時、この真景図を「塚本忠治蔵」と記しています。



掲載(最終更新 : 2019年12月14日)

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