【資料紹介】三代藩主遠山友貞 従五位下 信濃守に



 苗木遠山家は幕府から1万余石を拝領した大名ですが、同時に京都の朝廷から官位を得ます。
 三代藩主遠山友貞(ともさだ)(1641~75)は、寛文元(1661)年12月に従五位下(じゅごいげ)を叙位され、さらに信濃守(しななのかみ)の官位を得ます。叙位はまず公文書でなく、口宣案(くぜんあん)で伝えられました。

口宣案
口宣案
口宣案
口宣案

 口宣案は天皇の勅旨を口頭で受けた蔵人左少弁(くらうどさしょうべん)藤原貞光が文書化し、太政官上卿(だいじょうかんしょうけい)に伝えたもので、宿紙(しゅくし)(薄黒紙)を用いています。
 「藤原友貞」とされ、「遠山」とは云われません。
 正式な宣旨(せんじ)は次のようです。

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宣旨

    従五位下藤原朝臣(あそん)友貞
  正三位(しょうさんみ)行権中納言藤原朝臣季賢(すえたか)
  宣奉   敕(ちょく)件人宜令任
  信濃守者
   寛文元年十二月廿八日
    大外記(だいげき)兼(けん)掃部頭(かもんのかみ)造酒(さけのかみ)正中原朝臣師定(もろさだ)  奉

 これが承認されるには、親王が宣じ、奉行2名が扱いますが、大納言・中納言18名が連名し、次に関白・太政大臣らが認めをしたことが、別の資料(位記)からわかります。
 以上の4文書は、寛文元年12月28日の日付となっています。通常、叙位などは年末終日に行われたようです。
 年が明けると、1月に友貞からの礼金(諸大夫成官物(しょたいふなりかんぶつ))が出されます。これによると天皇には黄金1枚、皇后以下18名に銀子27枚、他に各部所それぞれ銀60目など、多額の礼金が出され、名誉な官位は高価なものでした。小大名では大変な経費だったと案じます。
 なお官位は、4代友春は和泉守、5代友由は伊予守など異なります。(ち)



掲載(最終更新 : 2018年1月16日)

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