【資料紹介】大坂城「真田丸」の絵地図



 1614年~15年(慶長19~元和元年)の大坂の役(冬の陣・夏の陣)を描いた「浪華(なにわ)戦闘絵図」(全6図)があります。「其壱(その1)」に、冬の陣で真田信繁(のぶしげ)(幸村(ゆきむら))が築いた「真田丸」が見えます。(遠山家所蔵)

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浪華戦闘絵図 其壱(部分)

 図の真田丸には「人数五千人 始二人影武者」とあり、隣接の二ノ丸には「大將忍共三十人」とあります。
 大坂の役は、徳川家康が豊臣方を壊滅させた大戦です。慶長19年11月から始まった冬の陣は、12月4日真田丸の戦闘苦戦で家康は一時休戦、20日に和議を結びながら、慶長20年1月には大坂城の堀埋を突貫工事で強行します。
 家康方の先鋒に、桑名城の本多忠政がいますが、冬の陣で苗木の遠山友政は、その忠政の桑名城の守備を命じられました。10月11日、駿府(すんぷ)城を発った家康は、17日に名古屋城で友政に命じたようで、そのいきさつを友政は老中の安藤対馬守(つしまのかみ)に書状で報告しています。

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桑名守備を知らせる友政書状

 友政はすぐさま兵を率いて桑名に向かいますが、本多忠政が大坂から帰るのは、大坂城二ノ丸の堀埋が一段落した1月23日以降と思われ、友政の苗木軍は3か月程桑名城を守備したと思われます。(ち)

注 当資料の展示は、平成30年5月20日をもって終了しました。



掲載(最終更新 : 2018年5月24日)

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