【資料紹介】諸士名鑑(しょしめいかん)とその追補版



1万石の小藩苗木藩の家臣数は1722(享保7)年では、
 給人  25人(苗木16 江戸詰9)
 中小姓 38人(苗木25 江戸詰13)
 徒士  64人(苗木41 江戸詰23)
総人数127人とあります。(「諸士系図大概)
 士族に属せぬ卒(足軽・中原・下男)は別にしています。
 苗木藩に仕える家臣・卒の職員録はその時々に「分限帳(ぶんげんちょう)」としてまとめられていますが、 家臣の家柄別に歴代にわたる職務記録が「諸士名鑑」として1775(安永4)年にまとめられました。明知(あけち)出身の 老士大嶋九七郎(くしちろう)の仕事で、「家中諸士名鑑」(写真参照)です。
 ここでは太田内匠(たくみ/家老)・陶山貢(すやまみつぐ/同)・宮地藤兵衛(とうべえ/同)・伊藤与惣右衛門(よそうえもん/用人)・ 安田造酒右衛門(みきえもん/同)ら家臣152人の職歴が家柄別に記録され、家系もわかり、調査研究には欠かせぬ貴重なものとなります。
 この追補版が出されたのが1829(文政12)年で、桃井領左衛門(りょうざえもん)の手になります。ここでは「給人通諸士名鑑 (きゅうにんとおりしょしめいかん)(写真右)、「中小姓通名鑑(ちゅうこしょうとおりめいかん)」、「徒士通名鑑 (かちとおりめいかん)」と3分冊に成り、ここには鈴木鞆負(ゆきえ/家老)・小池伝兵衛(同)・伊藤清左衛門(同)・ 加藤孝右衛門(こうえもん/用人)・河内左中(同)ら給人22人、中小姓35人、徒士46人の記録が見えます。
 公文書はこの2冊ですが、明治時代になってこれを引き継ぐ増補版として旧藩士新田淳(まこと)が「旧苗木藩士名鑑」 (明治13年)を個人で著しました。これは幕末・明治初期の苗木藩の動向を示す貴重な文献ですが、明治初めに苗木藩 では公文書は殆ど廃棄されてしまい、著者はやむを得ず月日など不明のままにしましたが、それが残念に思います。
 現在、目にするのは新田氏の記した「名鑑」を明治28年に旧藩士楠三郎が書写した文書(そのコピー)です。
 末尾に〆て士族109軒 〆て絶家47軒とあります。(ち)



掲載(最終更新 : 2017年5月27日)

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