【資料紹介】雲林寺の大般若経600巻



 naegi-toyama_intro_20150822_1.jpg江戸時代の苗木城内には大般若波羅密多経(だいはんにゃはらみたきょう)600巻が2組あったようです。
 「雲林寺の仏具什器(じゅうき)の中、大般若は城中に1組、雲林寺に1組合わせて1200巻あって、これは廃仏後名古屋方面 へ売られたそうである」(「美濃国苗木藩雲林寺一派寺院興廃史」)
 江戸時代、場内では1月、5月、9月の16日早暁から書院(二の丸)で、龍王院(城内)・三井寺(さんせいじ/坂下)・雲台寺(福岡)の 法印(僧)3人が大般若会(だいはんにゃえ)を執行し、その時に600巻は用いられました。
 もう一組、雲林寺の大般若経600巻はステータス(寺の格)として所蔵されたのでしょう。正月には雲林寺でも大般若会が行われ たようです。
 前記の文には、雲林寺が廃寺になってから名古屋へ売られたらしいとあります。
 雲林寺の仏具等は、すべて最後の剛宗(こうじゅう)和尚が雲林寺を去る条件に、馬100駄で下野の法界寺へ運びました。 その後、剛宗は蛭川に高徳寺を建て、さらに大蔵寺(だいぞうじ/白川町佐見)に移り、亡くなりますが、その間、 仏具等多くを売り払って生活したと見られます。
 佐見の大蔵寺の所蔵物には、大蔵寺跡に建てられた佐見文化保存記念館に展示されていますが、そこに 大般若経600巻がありました。
 苗木藩内の雲林寺系寺院では、3寺ほどに大般若経はあったといいます。すると、山村の小寺(失礼な表現だが)が 所有できるものではないかもしれません。
 記念館で確認すると、1箱が1帙(ちつ/書物を保護・保存するために包む覆い)10巻重ねの5列で50巻。これが12箱あり、 合わせて600巻でした。鉄眼(てつげん)版とあります。鉄眼道光(どうこう)は隠元(いんげん)の孫弟子で1678年から 明朝体の木版で経典を出版しました。その大般若経でしたら、江戸前期のものです。
 それならば、江戸前期に雲林寺が購入したかもしれないと推察できます。
 偶然ですが、遠山史料館に「大般若波羅密多経全函」という標木があります。 おそらく雲林寺にあったとき所蔵された場所の標示でしょう。 600巻が実存しているとすれば、この標木も生き返るようです。(ち)



掲載(最終更新 : 2017年5月27日)

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