【資料紹介】養子でも後継者を



◆収蔵品

 江戸時代、後継が未定で大名・旗本が急死すると国替えやお家断絶にしばしばなりました。(東濃では、旗本小里氏・妻木氏が断絶)
 苗木5代藩主遠山友由は1714(正徳4)年5月、初めて江戸から苗木へ帰る時、21歳で、 まだ子はないので11歳年少の異母弟を養子として届けました。久世大和守ら5人の老中に宛てた願書(写真)です。
 「私は未だ男子がないので在所でもし不慮の儀でもありましたなら、弟亀次郎11歳を養子と仰せ付け下さい。 来年参府しましたらこの願書は御返し下さい。」
 翌正徳5年9月、苗木で友由の子、勝三郎(6代友将)が誕生しました。 弟を養子にすることはなくなりますが、7年後、友由が29歳で病死すると、 弟左兵衛(亀次郎)は18歳の青年、実子友将は病弱の8歳。
 下手をすると、お家騒動になりかねないから、遠山家では左兵衛を500石付けて旗本に出したと推察されます。
 ところが、病弱だった6代友将は10年後に18歳で若死にし、叔父の左兵衛が呼び戻されて7代友央となります。
 こうした試練を経た7代友央は苗木遠山家を安定した環境にしていきます。 (ち)



掲載(最終更新 : 2017年6月 2日)

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