【友の会】「歴史散歩」1回




 苗木明細記は好評の内に終わりましたが、今年から苗木藩に係わる歴史散歩の屋外講座が始まりました。
今回は加藤調査員を講師に、蛭川で黒瀬街道を勉強しました。
黒瀬街道は苗木城下の並松で飛騨街道と分かれて蛭川、中野方、福地を経て黒瀬へ通じます。
黒瀬湊(現八百津町)は木曽川舟運の川湊として栄えていました。苗木城下と黒瀬湊は生活物資を運ぶ重要な街道でした。
苗木、恵北方面からの年貢米、木炭、木材、楮(こうぞ)、茶、たばこ、こんにゃく芋などを「下り船」で運び、 黒瀬からは各村々からの注文品(塩、魚介塩乾物類、藍玉、綿麻織物、諸雑貨など)を「戻り船」で運んできていました。
黒瀬街道は江戸時代の苗木藩にとって重要な「塩の道」だったのです。 蛭川はその途中にあり、荷物の引き継ぎ場所でした。

 当日は曇り時々雨と云う天気予報にもかかわらず、出発時の9時から日が差し込んできて、あっと言う間に初夏の様相。 28人乗りのマイクロバスに満員の参加者と蛭川へ向かいました。
夜泣き石、石仏と巡る内は良かったのですがバスが入り込めるとは思えない脇道から加藤調査員の知り合いの庭先にバスを止めて 街道を上り始めると急に隘路と変わっていきます。 とても物流でにぎわう道に思えません。物盗り。山賊が出たと云うのもうなずける山道です。その山道を進んだ 大沢の立石の前では加藤調査員の蛭川音頭を振りと唄で披露して喝采をあびる一コマもありました。 今も切れ切れに残る街道を巡り、歴史建造物を見て、資料館にも寄り、最後は蛭川自慢の自生ひとつばたご(別名なんじゃもんじゃ)を見学。
奈良井区長瀞(ながとろ)のひとつばたごは92年前に国の天然記念物に指定されているので樹齢は200年を超えるかと思われます。 その日は満開、しかも雨上がりです。雪が木を被ったように白い花が咲き誇っていました。 地元の人ですら今日が最高と云う良い時に、天然記念物に出会えました。

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掲載(最終更新 : 2017年6月 2日)

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