【資料紹介】苗木藩知事 領内巡回の絵



◆収蔵品紹介

当館1階の常設展示に「殿様御目見(おめみえ)の図」・「遠山美濃守様御廻村(ごかいそん)の図」の2枚が展示してあります。
明治維新で明治2年(1869)も激動の年でした。苗木藩では、6月版籍奉還(はんせきほうかん)が認められ、大名だった遠山友禄 (ともよし)は苗木藩知事を命じられます。
友禄は就任から2ヶ月後の8月20日から3泊4日で知事として藩内を巡村しました。 20日は犬地(いぬじ)村(現白川町)名主宅、21日は油井(ゆい)村(現白川町)名主杉山丈左衛門(じょうざえもん)宅に泊まり、 22日夜は越原(おっぱら)村名主安江猶一郎正方(ゆういちろうまさかた)宅に泊まりました。


当時猶一郎は27歳。知事を迎えての酒宴では、隠居の父為助が呼ばれ、長年の農作業の労をねぎらわられ、あわせて77歳となった 高齢も祝され、かっての殿様と同席で杯を重ねるという、為助にとっては生涯に残る思い出の夜となりました。同席した供は家老宮地一学ら6名で、 宿料は3分(4分が1両)でした。猶一郎は、黒川村(現白川町)の茂介にその場を描かせ、宴会の会話が口語体で書かれるという貴重な作品となりました (猶一郎は描かれていません)。 翌23日一行は、雨の中を付知峠から苗木へ帰着します。茂介の描いた二枚の絵図、猶一郎自筆の記録、知事友禄の日記と三者がこの日のことを各 々記しました(当館収蔵資料)。

友禄知事に随行した苗木藩幹部には、青山佐次郎(後の直道)がいました。この後10月の職制改革で青山は大参事に抜擢され、平田門人を中心に翌3年、 排仏廃寺など大胆な藩政改革を強行します。 この絵はその前夜の、江戸時代には考えられなかった上下親しむ姿が描かれています。その後の苗木藩の困難を思うと、この絵は江戸から明治への 転換期のつかの間の平和を描いた貴重な作品です。(千早)

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   右端/遠山友禄  ※青山直道 左端/安江為助


恵那山2008年4月号



掲載(最終更新 : 2017年6月 2日)

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