【資料紹介】苗木藩と国学



◆展示室紹介

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  平田門人録  3行目に「青山稲吉(後景通)」とある
  (苗木遠山史料館所蔵)

 明治維新を迎えた苗木藩では、王政復古と神道の確率をめざした平田国学思想の影響を受けながら、 新政府の方針に基づき、版籍奉還・職制改革・家禄奉還などの改革が行われました。

 ここで重要な役割を担ったのは、青山景通(稲吉)・道直父子でした。苗木藩の下級士族であった景通は、 江戸で平田派の国学を学び、嘉永5年(1852)東濃地方で最初の門人となって、国学の普及に努めました。 また、明治元年(1868)には新政府の神祇官の役人に登用されています。

 藩主遠山友禄(ともよし)は、新政府と苗木藩との関係を良くするため、国学者の景通を重んじ、 影通の長男直道を、藩職の最高位である大参事に抜擢して、平田国学思想を苗木藩の政治に取り入れました。

 明治3年には、藩主が禅宗の臨済宗から神道に宗旨替えを行い、平田国学に入門しています。 苗木藩の重臣や有力な村人も次々に入門し、藩の政治と諸改革は、これら国学者により運営され、断行されました。

 当館2階課題展示室では、幕末から維新にかけての苗木藩のようすを示す古文書や「平田門人録」等を展示しています。
「恵那山」2001年10月号



掲載(最終更新 : 2017年6月 2日)

中津川市苗木遠山史料館
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